和歌山県日高川町巡り〇日本一楽しいやまびこスポット〇

和歌山県日高川町巡り〇日本一楽しいやまびこスポット〇

和歌山県日高川町巡り

きっかけは転勤で和歌山県に移り住んでから初めての休日に、和歌山県日高川町のお祭り、「笑い祭」に足を運んだことだった。 明治39年に出された「神社合祀令」により、明治42年に丹生村(和佐・江川・山野・松瀬)にあった神社が、丹生神社として統合され、丹生神社に伝わる笑い祭は江戸時代から伝承されてきたものらしい。

毎年体育の日の直前の日曜日に催される「丹生祭」は県無形民俗芸能に指定されており、奇祭「笑い祭」として有名で、先達(鈴振り)が道化た衣装と化粧で町内を「笑え、笑え」と練り歩く光景は、何とも陽気で楽しいものだった。この祭りの由来は神代の昔、出雲の神様の集まりに寝坊をしてふさぎ込んでしまった丹生都姫の命を心配した村人たちが「笑え、笑え」と慰め勇気づけたことに始まったと伝えられているとのこと。

なんとも楽しい祭りを堪能した後は、名産のホロホロ鳥に舌鼓。これが絶品だった。

それからというもの、休日になると遊びに行く日高川町。ここでは年中楽しめる日高川町についてその魅力を存分にお伝えいたします。

日高川町

日高川町(ひだかがわちょう)は、和歌山県の中部に位置する町である。2005年5月に旧川辺町、中津村、美山村が合併して誕生した。日高川町の名はこれらの町村を共通して流れる日高川に由来する。

旧川辺町地域ではみかんを初めとした農業が盛ん。旧中津村、美山村では林業が中心で、備長炭の生産量は日本一である。安珍・清姫伝説で有名な道成寺がある。
また、世界一長い焼き鳥にも挑戦している町である。旧美山村にある椿山ダム湖に「日本一楽しい山彦」が体験できる観光スポットがある。

大阪市内からのアクセスの良さ、豊富な自然、確立された受入システムがあり、田舎暮らし希望者に人気が高く、県内でも特にIターン者が多い地域。Iターン者、地元住民でつくる協議会「ゆめ倶楽部21」の活動が活発。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

  • 道成寺 - 新西国三十三箇所観音霊場第5番
  • 笑い祭(丹生神社、10月第二日曜日)
  • 手取城址
  • かわべ天文公園
  • きのくに中津荘
  • 鳴滝キャンプ場
  • 中津温泉あやめの湯
  • 道成寺カントリークラブ
  • ホロホロ鳥
  • 紀の国美山マラソン
  • みやまの里
  • 美山漕艇場
  • 椿山ダム
  • イハラハートショップ
  • やっほーポイント(日本一楽しいやまびこスポット)

出身有名人

  • 垣内哲也(元プロ野球選手、西武ライオンズ・千葉ロッテマリーンズ)
  • 新藤栄作(俳優)
  • 日高光路(演歌歌手)
  • 南方弥兵衛(南方熊楠の父、酒造会社世界一統創業者)
  • 宮路年雄(城南電機創業者)
  • 芳澤あやめ(江戸時代の歌舞伎役者)
  • 山口勝久 (海洋堂フィギュア原型師)
  • 沖野岩三郎 (小説家)

(以下の2人は一説である)

  • 徳川吉宗(産湯に使ったとされる井戸が保存されている)
  • 井原西鶴(浮世草子、人形浄瑠璃作者)

地理

  • 山:白馬山脈、真妻山
  • 河川:日高川

隣接している自治体

  • 御坊市、田辺市
  • 日高郡 日高町、印南町
  • 有田郡 広川町、有田川町

歴史

沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日、町村制施行により、日高郡丹生村、矢田村、早蘇村、船着村、川中村、川上村、寒川村が誕生。
  • 1955年(昭和30年)1月1日、昭和の大合併により丹生村、矢田村、早蘇村が合併し、川辺町となる。
  • 1956年(昭和31年)3月31日、同じく川上村、寒川村が合併し、美山村となる。
  • 1956年(昭和31年)8月1日、同じく船着村、川中村が合併し、中津村となる。
  • 1962年(昭和37年)4月1日、中津村藤野川地区を川辺町に編入。
  • 2005年(平成17年)5月1日、平成の大合併で川辺町、中津村、美山村が合併し、日高川町となる。

交通

鉄道

町内には紀勢本線(JR西日本)が通っており、このあたりでは1時間に1本くらいの割合で運行されている。町の代表駅は和佐駅で、この駅には普通列車しか停車しない。普通列車で和歌山駅まで約70分。大阪・天王寺方面へは御坊駅で特急くろしおまたはオーシャンアローに乗り換えて約1時間半である。

  • 西日本旅客鉄道
    • 紀勢本線(きのくに線):(印南町) - 和佐駅 - (御坊市)

バス

  • 御坊南海バス
    • 日高川線
  • 有田鉄道バス
    • 美山線
  • 日高川町コミュニティバス
  • 田辺市住民バス(旧美山村の川原河まで乗り入れている)

道路

  • 高速道路
    • 湯浅御坊道路:川辺IC
  • 一般国道
    • 国道424号
  • 県道
    • 和歌山県道21号広川川辺線
    • 和歌山県道25号御坊中津線
    • 和歌山県道26号御坊美山線
    • 和歌山県道27号日高印南線
    • 和歌山県道29号田辺龍神線
    • 和歌山県道190号玄子小松原線
    • 和歌山県道191号江川小松原線
    • 和歌山県道192号玄子和佐線
    • 和歌山県道193号船津和佐線
    • 和歌山県道194号上初湯川皆瀬線
    • 和歌山県道196号たかの金屋線
  • 道の駅
    • 道の駅San Pin 中津

平成の大合併

1965年(昭和40年)に10年の時限立法として制定された合併特例法は1975年(昭和50年)以降も10年毎に延長を繰り返して来たが、1970年代後半からは合併の動きが低調になった。1980年代末ごろから、商工会議所などの経済団体や青年会議所を中心として、市町村合併を推進する提言が各地で行われる一方、第二次臨時行政調査会最終答申や地方分権推進委員会勧告等において市町村合併の推進が提言されてきた。

このような中、1995年(平成7年)に地方分権一括法によって合併特例法の改正が行われ、住民の直接請求により法定合併協議会の設置を発議できる制度の新設や、合併特例債を中心とした財政支援措置の拡充がなされ、以降、市町村合併が政府により強力に推進されることとなった。政令指定都市への移行や、町村の市への移行のための人口要件の緩和なども、数度の改定で盛り込まれ、合併論議が加速されることになった。また、1996年の第41回衆議院議員総選挙では主要政党(自由民主党、新進党、民主党)いずれもが市町村合併の推進を政権公約に掲げるに至った。なお、2000年には、当時の与党3党(自民党・公明党・保守党)により「基礎的自治体の強化の視点で、市町村合併後の自治体数を1000を目標とする」との方針が示されている。

市町村側にとって特に影響が大きかったのは、政府(旧自治省、現総務省)による合併特例債を中心とした手厚い財政支援と、同時期に進行した三位一体改革による地方交付税の大幅な削減であった。合併特例債は、法定合併協議会で策定する「合併市町村建設計画」に定めた事業や基金の積立に要する経費について、合併年度後10年度に限り、その財源として借り入れることができる地方債のことで、対象事業費の95%に充当でき、元利償還金の70%を後年度に普通交付税によって措置されるという破格に有利な条件であった。合併特例債等の特例が2005年(平成17年)3月31日までに合併手続きを完了した場合に限られたことから、駆け込み合併が相次いだ。一方、地方交付税の大幅な削減は、特に地方交付税への依存度が高い小規模町村にとって大きな打撃となり、財政運営の不安から合併を選択した市町村も数多い。合併自治体への手厚い財政支援の一方での地方交付税の削減は、アメムチによる合併推進策ともいわれた。

市町村合併の動きは2003年(平成15年)から2005年(平成17年)にかけてピークを迎え、1999年(平成11年)3月末に3,232あった市町村の数は、2006年(平成18年)4月には1,820にまで減少した。ただし小規模町村であっても、原子力発電所の立地にともなう電力事業の交付金、大企業の立地に伴う税金などにより、地方交付税への依存度が低い町村の合併は進まなかった。また、地方において概ね合併が進む一方(新潟県、富山県、愛媛県など)、都市部における合併はあまり進まない結果となった(東京都、神奈川県、大阪府など)。

その後は、2005年(平成17年)4月に施行された合併新法(市町村の合併の特例等に関する法律)に基づき、引き続き市町村の合併が進められた。合併新法においては、合併特例債などの財政支援措置がなくなる一方、都道府県による合併推進が盛り込まれた点に特色があるが、合併の動きは旧法下と比べて鈍いものとなっている。

2009年(平成21年)5月26日には第29次地方制度調査会が、合併新法の期限である2010年(平成22年)3月末をもって政府主導による合併推進は一区切りとするべきとの答申を決定。2010年(平成22年)4月1日に合併新法は改正され、期限はさらに10年間延長されたが、国・都道府県による合併の推進に関する規定は削除され、市制施行の条件緩和などの特例も廃止されるなど、政府主導の合併推進運動は正式に終了することとなった。

平成の大合併以前は全国で町の数が市の約3倍存在したが、特例措置により町村の数は減り続け、2010年(平成22年)2月1日に愛知県豊川市が宝飯郡小坂井町を、福岡県八女市が八女郡黒木町・立花町・矢部村・星野村を編入し、3町2村が減ったため、市と町の数が同じ784となった。3月8日に山梨県南巨摩郡鰍沢町と増穂町が合併し富士川町となったため、1町が減り、市が町の数を上回った。平成の合併の区切りとなった2010年3月末の時点で、市町村の数は1,727にまで減少した。

平成の大合併の目的

政府などが掲げる合併推進の目的はおおむね以下の通りである。

  • 地方分権に対応して基礎自治体の財政力を強化できる。
  • モータリゼーションの進展に伴う生活圏の広域化に対応できる。
  • 政令指定都市や中核市・特例市になれば権限が移譲される。

しかし、「平成の大合併」については以下のような批判等が存在する。

  • 住民発議で合併に誘導する制度はあっても、合併の是非を問う住民投票が法制化されていない。合併の決定はあくまで議会の議決によって確定するため、必ずしも多数の住民の支持を得ずして合併が行われた例が見られた(例:大崎市)。
  • 合併に関する特例法は存在するが、分割や分立に関する特例法が存在しない。
  • 合併後にも旧市町村の議員がそのまま新市町村の議員として任期を延長できる「在任期間の特例」についての批判。
  • 合併後の市町村名が「カタカナとひらがな」となる例が多く見られることについて、歴史的な地名の軽視という批判(→#合併後の名称が問題となった例)。
  • いびつな飛地が多数発生した(「飛地合併」、例:津軽半島周辺)。
    • それとは別に、合併により極めて大きな面積を持つ市町村も現れた(例:高山市、静岡市)。
  • 生活圏が異なる自治体同士が合併した例が多数見られる(例:大崎市、行方市、相模原市など)。
  • 合併については強力に推進されるものの、大規模自治体等の分割・分立に関しては検討されていない。

合併による弊害等への懸念から、福島県東白川郡矢祭町や群馬県多野郡上野村などのように、合併を拒絶して、自立・自律や独自性をうたう市町村も現れた。これらの中には、山間部などに位置していて、合併によって一層の過疎化が懸念されている所も少なくない。


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